新年明けましておめでとうございます。
今年の正月三ヶ日は天候にも恵まれ、家族団欒の楽しい一時を過ごされたことと思います。
さて、吉例に従いまして干支により今年の年相を占ってみましょう。今年は、壬辰(じんしん、みずのえたつ)であります。

 壬の字義から始めましょう。
 壬の最古の形は殷代の甲骨文字で英語の大文字の「I」の形で、それより少し新しい金石文字では、「I(Iの真中に●)」となり、真中に黒い丸が入っています。白川静博士の『字統』では上に物を載せて工作する叩き台の象形としています。別の説では、英語の大文字の「I」型は、糸巻きの心棒を描いたものとし、糸を巻きつけて膨れた姿を表しているとしています。こうした象形から次の三つの字義があります。

 一つは、工作する叩き台ということから、物を載せ、その負担を荷(にな)う意に転じ、そのことから、「責任を担う」とか「任務を受ける」とかいう意味が生じてきました。中国の明代の辞書『正字通』(せいじつう)でも「壬は任と通じ担うなり」と解しています。責任とか任務を他人に任せる時、任命・委任というような義が生じてきました。また、責任を担い、様々な問題の処理に当たるべき人物を壬人(じんじん)と言います。人偏をつけた任人は、事に任ずる人を言います。

 二つ目は、壬は先ほど申した通り糸巻きの象形で糸巻器の真中が膨らんだ姿ですから、真中の横棒が長いのです。また、真中が膨れていることから女性の懐妊の形を示すとされています。壬に女偏をつけると妊娠の「妊」の字です。ですから壬には「はらむ」という意があるのです。中国古典にも、「陰極極まりて陽生じ、万物懐妊する」とあります。

 三つ目は、「へつらう」という意です。任は「栠」(にん、じん)に通じ、栠は、柔弱な木で、弱い。そこから、意志の弱い人間を栠人(にんじん)と呼ぶようになりました。そしてこの栠人は佞人(ねいじん)に通じ、口先だけでへつらう柔弱な人間のことを指します。

 以上、「壬」の三義について触れました。壬の年は、前年の諸問題がさらに増大し、その問題を処理する壬人が求められますが、往々にして時局に便乗して、自己の野心をたくましくしようとする良からぬ人間が輩出します。ですから人事に最も注意を払わなければなりません。
  今年は、世界各国で政治指導者の交代や重要な選挙が予定されています。1月の台湾総統選挙を皮切りに、3月にロシアの大統領選挙、4月に仏大統領選挙。10月には中国で習近平体制が発足、11月には米大統領選挙、12月の韓国大統領選挙とつながります。日本もまた首相が代わる可能性もあります。「アラブの春」で民主化された国々でも新指導者が誕生してきます。このような世界の安定と平和に重要な影響を与える指導者の人事で、本当の意味での壬人が選出されることを祈念します。さもなければ、世界は去年以上に混乱し、深刻な事態に陥りましょう。

 次に、「辰」の字義に移りましょう。
 「辰」の金文を見ると、蜃(しん、おおはまぐり)の象形文字で陽気を受けて大蛤が足の肉を貝殻から出し、ひらひら動かしている形です。古代では大きな二枚貝の貝殻は農具として用いられました。ですから農具である「辰」の上に「曲」が乗ると「農」になります。この「曲」は頭を使うという意味の漢字ですから、「農」は頭を使って収穫を上げるという意味です。今年はTPPの議論が一段と深まりますが、本来の農の字義に帰って、農業の自由化が進んだら一層頭を使って生産性をあげねばなりません。

 また「辰」という字は、説文学上から言うと会意文字で、雁垂(がんだれ)の次に書いてある二は、上・天・神・理想を表す指事文字です。また「辰」は伸・振・震と相通ずる意味があります。後漢末の辞書である『釈名』(しゃくみょう)によりますと、「辰は伸なり。物みな伸舒(しんじょ)して出ずるなり」とあります。辰は伸に通じ、陽気が動き、草木が旺盛に伸長していく様を表わしています。さらに、説文解字に「辰は震なり。三月陽気動き、雷電振るう。民の農時なり、物皆生ず。」とあります。陰暦の11月の冬至(とうじ)の頃に、微かな陽気が萌し、それが春になり勢力を増し、秋冬以来の陰気を突き破る陽気の象徴たる春雷となってひびきわたります。まさに、ここにおいて陰陽が逆転し、新しいものが芽生えます。

 易経の「震」の卦(け)にあるように、最終的には「震は亨(とお)る」で結果良しであります。誰もがはげしい雷に恐懼(きょうく)するわけですが、よく戒慎(かいしん)すなわち言動を戒(いまし)め慎(つつし)み、泰然自若としてやるべきことをやれば、結果的には良くなるということです。

 では、過去の壬辰の年はどんな年であったかを見てみましょう。
 前回の壬辰の年は60年前の1952年です。この年は、戦後日本を支配したGHQが廃止され、サンフランシスコ平和条約が発効した年でした。ようやく、日本は占領地から日本国という国号を得たのです。まさに、大きな時代の転換点になったのです。日華平和条約や日印平和条約の締結、IMFや世界銀行に加盟と国際社会に本格的に復帰した年なのです。
 120年前の壬辰の年すなわち1892年は、第四代内閣総理大臣の松方正義が閣内分裂で辞職し、第二次伊藤内閣が誕生します。松方総理は、在任中に増税や政府予算の圧縮などを行い、国内に深刻なデフレを起こし、世論の反感を買い、辞職に追い込まれたのです。伊藤内閣は、2年後の朝鮮半島をめぐる日清戦争発端の種を蒔きました。
 上述のように、壬辰の年は、陰陽が逆転し、新しいものが芽生える年です。これまでの常識・価値観が通用しなくなり、全く新しい発想や価値観が求められる年になるのです。良きにつけ悪しきにつけ内在するものが増大して激しく振れる年ですから、人事に気を付け戒慎しながら、理想に向って様々な抵抗や妨害に動ずる事なく従来の社会・経済システムをより良きものに変える端緒を開くべく、一歩一歩前進すれば結果は良くなります。

 こうした年の年頭にあたり、我グループ全役職員は、次の三点を肝に銘じていただきたい。
 第一に、各社の組織全般に影響を与える新たな人事異動は必要最低限に。
 第二に、世界経済は当面混沌としており、その中で大きな業界の再編成なども起こりやすくなります。とりわけ、金融業界は世界中で業界勢力が一変する可能性があります。我々のチャンスはそこにあるのです。
 第三に、我々は我々の掲げたビジョンと戦略を忠実に履行しなければなりません。慎重かつ忍耐強く、その遂行を妨げる様々な困難を超克すべくあらゆる知恵と工夫と努力を惜しんではなりません。

SBIホールディングス株式会社
代表取締役 執行役員CEO 北尾 吉孝