2013年12月3日
国立大学法人東京大学
国立大学法人東京工業大学
MRC National Institute for Medical Research
SBIファーマ株式会社

 国立大学法人東京大学(所在地:東京都文京区、総長:濱田純一)と国立大学法人東京工業大学(所在地:東京都目黒区、学長:三島良直)、MRC National Institute for Medical Research(所在地:英国ロンドン、所長:Jim Smith)、SBIファーマ株式会社(所在地:東京都港区、代表取締役執行役員CEO:北尾吉孝)は、5-アミノレブリン酸(ALA)(注1)と2価の鉄が熱帯熱マラリア原虫の生育を相乗的に阻害する作用メカニズムについて12月2日発刊のThe Journal of Biochemistryに発表しました。

1. 発表のポイント
◆ALAと2価の鉄との組み合わせによって、相乗的にマラリア原虫の生育を阻害するメカニズムの一端について解明しました。
◆本成果は、多くの人たちを苦しめているマラリアを治療するための新規の医薬品の開発につながるものと期待されます。

2. 発表概要
 マラリアは、3大感染症の一つであり、年間の罹患者が数億人、死亡者が100万人を超えるといわれる重大な感染症です。ALAを投与するとマラリア原虫に感染した細胞にポルフィリン(注2)が蓄積され、そのポルフィリンを手がかりに光照射でマラリア原虫を殺せることはすでに知られていますが、血液に光照射を行うことは現実的ではなく実用化の障壁となっていたため、光照射を伴わないALA薬剤の開発が望まれていました。
 東京大学大学院医学系研究科の北 潔教授、東京工業大学大学院生命理工学研究科の小倉 俊一郎准教授とSBIファーマ株式会社は、ALAと2価の鉄の併用により、光照射することなく熱帯熱マラリア原虫の生育を阻害できることを2011年に学会で発表しました。その後MRC National Institute for Medical Researchも研究に加わり、マラリア原虫の各オルガネラ(注3)におけるポルフィリン類の分析結果から、今回ALAと2価の鉄の併用が特定のオルガネラへのポルフィリンの蓄積と活性酸素の発生を引き起こし、それらがマラリア原虫の成長阻害を誘導するという作用メカニズムの一端を明らかにしました。
 本成果は、多くの人たちを苦しめているマラリアを治療するための新規の医薬品の開発につながるものと期待されます。ALA、2価鉄ともにすでに安全性が確保され、食品や医薬品として利用されている化合物であり、早期に臨床開発に移れる可能性があり、既存の抗マラリア薬と比べて副作用が小さく予防的にも服用可能な画期的な抗マラリア薬となることが期待されます。

3. 発表内容
【研究の背景】
 マラリアは結核、エイズと並ぶ世界3大感染症の一つで、人類が克服できていない感染症です。マラリアの治療薬としては、古くからクロロキンやキニーネが知られておりますが、副作用が強く、また、近年ではこれらの治療薬に耐性を示す原虫が現れており問題が深刻化しています。マラリア予防のためワクチンを作製する研究も精力的に行われていますが、未だ良いワクチンを得るに至っていません。

【研究内容】
 高濃度のALAを投与するとマラリア原虫に感染した細胞にポルフィリンが蓄積され、蓄積したポルフィリンを手がかりに光照射でマラリア原虫を殺す手法(Photo Dynamic Therapy : PDT)はすでに報告されていますが、血液に光照射を行うことは現実的ではなく実用化の障壁となっていたため、光照射を伴わないALA薬剤の開発が望まれていました。今回、マラリアの中でも最も毒性の強い、熱帯熱マラリアの原虫であるP. falciparum 3D7株を用いた培養系で、PDTが効果を発揮するために必要な投与量(有効量)の1/10に相当する200μM(マイクロモーラ)のALAとコバルト、亜鉛、マグネシウム、ニッケル、鉛、銅、2価鉄、3価鉄塩の組み合わせを検討し、2価の鉄との組み合わせの場合のみに、相乗的にマラリア原虫の生育を阻害できることを見いだしました。2価鉄塩の種類にも検討を加え、クエン酸第一鉄ナトリウム(SFC)(注4)が最も効果的で、200μMのALAと100μMのSFCでマラリア原虫の生育阻害率は約60%に達しました。
 ALA投与時のマラリア原虫のポルフィリンを分析したところ、coproporphyrin I (CPI)、coproporphyrin III (CPIII)、protoporphrin IX (PPIX)が検出され、その中ではCPIIIの濃度が最も高く、各オルガネラでのポルフィリンの分布は、リング期ではアピコプラストに、トロホゾイト期、シゾント期では食胞に局在していました(注5)。 このことから特定のオルガネラにおけるポルフィリンの蓄積がマラリア原虫の増殖阻害作用に重要なかかわりを持つことが明らかになりました。
 さらに、ALA+SFCと同時に抗酸化物質であるビタミンCを添加したところ、マラリア原虫の増殖阻害作用が弱まったという結果から、ALAとSFCにより作られる活性酸素(注6)がマラリア原虫の増殖阻害に関与していることが示唆されました。
 ALA+SFCはすでに、動物での試験も開始しており、良好な結果が得られつつあること、また、健常人での第I相試験(注7)が終了し、安全性が証明されていることから、早期の実用化が期待されます。

【社会的意義】
 マラリアは感染が熱帯地域を中心に分布していますが、地球温暖化のため今後分布域が広がることが危惧されています。また、交通手段の発達により熱帯地域から他の地域に拡散される、いわゆる旅行者マラリアも大きな問題となってきています。
 既存のマラリアの治療薬は失明の危険など強い副作用が知られています。マラリア予防のためワクチンを作成する研究についても精力的に行われていますが、今のところ効果的なワクチンは開発されていません。
 今回マラリア原虫の生育抑制効果が見いだされたALA、2価鉄であるSFCともにすでに安全性が確認され、食品や医薬品として利用されています。ALAとSFCの合剤についても、抗がん剤誘起貧血の治療薬として第I相試験が英国で終了しています。ALAとSFCの合剤は既存の抗マラリア薬と比べて副作用が小さいことから予防的にも服用可能な画期的な抗マラリア薬となり、将来マラリア根絶にも役立つことが期待されます。

4. 発表雑誌
雑誌名:The Journal of Biochemistry
論文タイトル:Synergy of ferrous ion on 5-aminolevulinic acid-mediated growth inhiblition of Plasmodium falciparum
著者:Keisuke Komatsuya, Masayuki Hata, Emmanuel O. Balogun, Kenji Hikosaka, Shigeo Suzuki, Kiwamu Takahashi, Tohru Tanaka, Motowo Nakajima, Shun-Ichiro Ogura, Shigeharu Sato, Kiyoshi Kita
DOI番号:10.1093/jb/mvt096

5. 問い合わせ先
1)東京大学
東京大学大学院医学系研究科 国際保健学専攻 生物医化学分野
教授 北 潔
電話 03-5841-3526 FAX 03-5841-3444
e-mail:kita@m.u-tokyo.ac.jp
HP:http://www.biomedchem.m.u-tokyo.ac.jp/
2)東京工業大学
東京工業大学大学院生命理工学研究科
准教授 小倉 俊一郎
電話 045-924-5845 FAX 045-924-5845
e-mail:sogura@bio.titech.ac.jp
HP:http://www.ogura.bio.titech.ac.jp/
3)MRC National Institute for Medical Research
Division of Parasitology
Dr. Shigeharu Sato
電話 +44-20-8816-2412 FAX +44-20-8816-2730
e-mail:ssato@nimr.mrc.ac.uk
4)SBIファーマ株式会社
経営企画部
電話 03-6229-0095 FAX 03-3589-0761
HP:http://www.sbipharma.co.jp/

6. 用語解説
(注1)5-アミノレブリン酸(ALA)
体内でヘムの原料となる重要なアミノ酸で、体内はもとより、多くの食品に含有されており、健康食品の原料として利用されています。また、がん細胞においてのみポルフィリンに代謝される性質を利用した脳腫瘍の術中診断薬としても認可されています。
(注2)ポルフィリン
 8分子のALAからなる環状化合物で、青色光を吸収して赤色蛍光を発する性質を持ち、がんの診断や治療に使われています。
(注3)オルガネラ
細胞内の小器官、細胞内で一定の機能を持つ構造物を指し、例えば、核、ミトコンドリア、ゴルジ体、食胞体、アピコプラストなどがあげられます。
(注4)クエン酸第一鉄ナトリウム(SFC)
 貧血の治療や予防に有効な化合物で、古くから広く医薬品や健康食品に利用されています。
(注5)マラリア原虫の生活環
 マラリア原虫は複雑な生活環を持ち、ハマダラ蚊を介して感染し最初に肝臓で生育しますが、肝臓細胞を破壊して血中に放出され、赤血球に入り赤血球中のヘモグロビンを餌に生育します。赤血球内での生育は輪状体(リング期)、栄養体(トロホゾイト期)、分裂体(シゾント期)、と進み、やがて赤血球を破壊して娘虫体(メロゾイト)が再度血液中に放出されます。この時高熱などのマラリア特有の症状が発生します。マラリア原虫には近縁の原虫にしか見られないアピコプラストと言う特殊なオルガネラ(注3)があり、その起源は葉緑体ではないかと考えられています。
(注6)活性酸素
 大気中に含まれる酸素に比べて化学反応を起こしやすい酸素の化合物の総称で、一重項酸素、スーパーオキシド、過酸化水素、ヒドロキシルラジカルが知られています。
(注7)第Ⅰ相試験
 医薬品を開発する第一段階として、健常人ボランティアで安全性を確認する試験です。ALA+SFCについては英国にて欧米人及び日本人を対象にした試験が終了し、高い安全性を有することが確認されています。